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沢登り+道迷い@熊野川

たおやかな森をぬう熊野川の流れの図
山行日
2001年8月17〜18(19)日
行き先
熊野川〜祐延貯水池
メンバー
善田裕、山田秀、能登久、山田宏、大和徳
共同装備
フライシート(2)、ストーブ(2)、ナタ、コッヘル、ロープ(8mm×2)
個人装備
着替え一式、ハーネス他、マット、シュラフカバー
写真撮影
山田宏

17日(土)

 魚津のアップルヒルに午前5時に集合し、 車2台で祐延貯水池を目指す。下山用に車1台をデポするためだ。ちょうど6時に小口林道の入り口に着き、大型車な山田さんの車は4300円だと言われ愕然とするが、 1800円にまけてもらいゲートを通過。 祐延ダムの入り口に久君の車をデポして、来た道を取って返し、熊野川の第3発電所を目指す。

懸垂用のロープを回収するの図

 午前8時30分、熊野川第3発電所を出発する。 日当りがよく暑くて堪らない導水管沿いの道を取水口を目指して登る。 取水口から河原へは、懸垂下降して降りたった。遡行開始。

川を埋め尽くす膨大な土砂の図

 遡行後まもなく大崩壊地に遭遇。 左岸の山が大きく崩れ谷を塞いでいる。大雨でも降ってこの土砂が流れたら、 新装された取水口はひとたまりも無いのではないか。

第3の滝の勇姿

 崩壊地を過ぎまもなくハコ滝。 左岸の巻き道を使って容易に高巻く。直登も可能だが、人数が多いので、高巻きを選んだ。 その後、第2の滝は、右壁を直登。 第3の滝は右岸を高巻いた。小原川へ抜ける沢を右岸に見送り、ゴルジュを2つ抜けると、左岸から割に大きい沢が入り込んでくる。 この出合いに天場を設営することにする。

天場の様子

 ロープを木に渡し、それを使ってフライシート2枚で屋根を作る。 天場設営の後は、全員で焚き火用の薪集めだ。

 その後、食事を作る班と食料を調達する班にわかれる。 私と久君は食料の調達を行い、どうにか人数分だけ集めることが出来た。 この時点で、小雨が降っていた。

川を眺めて一服の図

 食事を行うころには、雨も上がり焚き火を囲んで盛り上がる。疲れたもの、酔いつぶれたものから順にシートの下のシュラフカバーにもぐりこんだ。

18日(日)

連爆帯の図

 朝方は曇っていたが、出発をするころになるとよい天気になってきた。 元気よく出発。 1時間程度で奥の二又に到着。滝で出合っている右又を右から高巻いて右又へ入る。 ここからは、連瀑帯だ。直登出来る滝は直登し、そうでない滝は高巻く。 高巻の下降で1度懸垂下降した。この頃から次第に曇ってくる。

連爆帯の図

 やがて連瀑帯も過ぎ、渓相も穏やかになってくる。 そろそろ詰め上がる沢を気にしないといけないと思っているころ、右から支沢が入ってきた。 本流に比べるとだいぶ水量が少ないし、 まだ右に入るには早すぎると思ったが、入り口に赤テープの目印が付けてあるのが気になる。 しかし、まだ早かろうということで、水量の多い左へ入る。 しばらく進むが、やはり先程の沢が正解だろうということになり、戻って右の支沢へ入る。

右から支沢が流れ込むの図

 右の支沢に入り先へ進むが、支沢と出会う度に赤テープが付けてある。 地図と照らし合わせてみるが、 まず間違いなかろうということで、それに従い登行を続ける。 やがて、沢の水もなくなり、ついに沢でなくなり薮漕ぎの開始。 薮を漕いでしばらくすると空が見え出してもうすぐかと頑張って尾根に出るが、その尾根は細く支尾根らしい。 さらに薮を漕ぎ上を目指す。このあたりで、久君にだいぶ疲れが見え始めた。 離れると薮漕ぎは余計きつくなるので、なるべくメンバー全員がくっついて行動するようにする。 やがて高い木もなくなり、頂上稜線と思われる地形のところに出た。

小滝の連続の図

 回りはガスっており、視界は 50m もないだろう。回りの山が見えないので、現在地を確認することが出来ない。 しばらく辺りを探していると、ビニール紐によるマーキング発見。 通常、木の枝等にリボン状に結び付けるのが普通なのに、 ここのは紐のままずっと張り巡らしてあるので、見落とす恐れはない。 この目印に沿って進んで行くと、とあるコルから谷へ降りていた。このコルの地形が以前東笠山と西笠山のコルから祐延へ下りた時のコルの地形によく似ていたのと、 谷の進む方角が、祐延方向だったため、これに間違いないだろうということで、下降する。谷に入った時点で、テープは無くなった。おそらく、 祐延から東笠山に登山するために、谷を詰め、谷が終わった辺りから頂上まで、 帰路を確保する目的で、マーキングのテープを付けたものと思われた。

ガスった稜線の図

 小1時間もこの谷を下れば、祐延だろうと考え、皆楽勝気分である。 どんどん谷を下る。 と、途中、先程と同じテープが現れた。今度は末端が谷を塞ぐように結び付けられ、そのまま右岸の薮の中へずっと伸びている。 ちょっと意味が判らなかったが、方角はあっているし、そのままどんどん谷を下る。

 30分ほども下った頃であろうか、どうもおかしいと思い出す。 下る方角が変わり、北に向かって下っている。 しかも、次第に谷は大きくなりだしている。 祐延へ下る沢はそんなに大きなものではないのだ。地図を出して再度確認する。 どうも熊野川へ逆戻りしているようだ。衆議一決して登り返すことにする。 だいぶ疲れの見えている久君には気の毒な感じがしたが、頑張ってもらうしかない。

 先程、テープが谷を塞いでいた地点まで戻る。 善田さんが、薮の中に続いているテープを辿って少し先行して偵察することになった。 激しく急傾斜な薮を苦労して登ってゆく。 しばらくしてコールがかかり、残りのメンバーも後に続く。 急な薮を這い上がったところは、やや斜面になっているものの、割に広いところだった。 さらに薮(笹と這松)の中をテープは伸びている。善田さんはさらにそれを辿っているようだ。 残りのメンバーもさらに後に続く。 やがて、ある地点で、テープは途絶えた。これでは埒が明かないだろうということで、また戻る。 再び谷へ入る少し手前で、山側に開けた草原上の地形をみつけ、とりあえずそこで善後策を考えることに。

 そこは割に平坦な草原で、 草地の中に背の高い這い松が点在する気持ちのいいところだった。 時刻は午後6時を回っており、仮に今すぐに下山ルートがわかったとしても林道のゲートが8時で締まる以上、 今日中に帰ることはできない。 暗くなる中、無理にルートを探しまわるより、条件のいいところでビバークした方がいいだろうと衆議一決し、ビバークすることに決定。

シートでビバークするの図

 幸い、 どこかわからないが、山頂近くにいるため携帯電話が使えたので関係各所に連絡を入れる。這い松にロープを渡して、幕営の準備をしていると、これまでガスっていて周囲が見えなかったのだが、 急にサーとガスが引き、視界が開けた。 東笠山や、薬師岳までがはっきり見える。現在地は西笠山に間違いないことが確認できた。 視界が効いたのはほんの5分もなかったが、現在地が確認できたことでみな多いに喜んだ。

東笠山

 寒さ対策でフライシートを低く張り、 風があまり入らないようにして、幕営準備完了。沢の中を歩きまわり、小雨まじりのガスの中を歩いていたので、皆全身ずぶ濡れ状態で、じっとしているととても寒い。 急いで乾いた衣服に着替える。 乾いた服は快適で一挙に暖かい心持ちになれるから不思議だ。フライシートの下に潜り込み、残っている食料を計算する。 現在地がわかり、残りの行程の目処も立っていたが、 何があるかわからないので、さらに非常食を確保しておく必要がある。 結局、夕飯はひとり1杯のココアとカリントウ一握りと、4人で1匹の岩魚の薫製。 酒は、わずかに残っていたので、ひとりペットボトルのキャップ一杯ずつ飲んだ。(^^;

 何もすることも無いので、 体力温存と空腹を感じないように、午後7時半には消灯して眠りに就いた。 携帯は電波の弱い地帯で電源を入れているとバッテリーの消耗が激しいので、電源は切っておいた。

19日(月)

 朝起きると、やはり視界はなかった。 久君の携帯でメールを落としてみると、詳しい天気予報が届いていた。 どうもこの先天気は悪化の一路らしい。何としても今日中に下山したい。

地図を読むの図

 朝食としてひとり1杯のホットエネルゲンとチーズひとかけらと、 チーズかまぼこ 3/4 本をゆっくり腹に入れる。再度、地図を出してこれからのルートを確認する。

出発の図

 気合を入れて、昨日までのずぶ濡れの装束に着替える。 乾いた衣類は常に温存しておきたいからだ。 濡れた衣類はやはり冷たく一挙に体温が下がる感じだ。 体を暖めるように天場を片付け、出発の準備をする。出発前に関係方面に携帯で現在、 西笠山にいること、現在地がわかったので、下山はそう難しくないだろう、 しばらく不感地帯に入るので、携帯は使えないだろう、これから出発するということを伝えて、幕営地を後にした。午前8時30分。

薮漕ぎの図

 まず私が先頭に立ち、 続いて秀典さんが後ろでコンパスをにらみながら方角を指示してもらうという形で歩き出す。目指すは西笠山と東笠山のコルだ。ガスで視界が効かないので、 目に見える範囲で目指す方角の立ち木に目標を定め、 そこまで行ったら、次の目標物を決め、また方角を決めるというやり方で前進する。 なるべく尾根筋を外さないように歩いて行くがやがて沢に行き当たった。 これを下れば、熊野川へ戻ることは間違いない。沢を遡ることにする。 やがて沢は二又に分岐する。左へ入る。じきに沢はなくなり薮に入る。 そのまま少し進むと又沢に入る。その沢を少し詰めてみたが、最初はそうでもなかったが、 次第に西笠山へ向かって登っていることに気が付いた。また戻っているのだ!

 西笠山を巡る沢は西笠山をぐるっと取り囲むように流れており、 何としても我々を開放しようとしてくれないかのようである。 思い切って沢を熊野川のほうへ下って、 西笠山の影響を受けない地点まで戻ってコルを目指すしかないようだ。 まっすぐにコルを目指して薮を漕ぐのはあまりにも労が多すぎる。 消耗の激しい先頭を善田さんに替ってもらい、しばらく沢を下る。高度計と地図を睨み、 ここら当たりでいいだろうという地点で、隣の沢へ薮尾根を乗越して乗り移る。 源頭部に近いのでじきに沢はなくなるが、それでも直接薮を漕ぐよりはなるべく沢を利用したほうがだいぶ楽である。 もっとも方角に気を付けていないと、また西笠山に捉えられてしまう。(^^;

 薮を這い上がると、割に大きな尾根筋にでた。 しばらく尾根に沿って進むと次第に踏み跡らしきものが確認できるようになってきた。 どうやら東笠山へ続く尾根にうまく乗れたようである。 ポカリスエットで、多少のカロリー補給をする。 出発前の予定では、30分程度でここまで来れるという目算だったが、2時間半ほどかかってしまった。西笠山の地形は本当に複雑だった。

 祐延方面への下山路を探しながら進むと、右手に目印発見。 これまで目印にはだいぶ痛い目にあっているので、慎重に検討してこれを下ることにする。目印から谷に入る。 下るにつれ沢の分岐ごとに目印がついている。間違いないようだ。 とある地点で、沢を離れるように目印が付いていた。おそらく昔の踏み跡だろうという判断で、それに従う。 しかし、しばらく行くとその踏み跡らしきものは薮に消えて行った。 細い尾根の上である。しかし、ここからはどう下ろうと祐延側に下るはずなので、 薮を漕いで、右の谷に降りる。少々の滝があっても 20m の 8mm ロープが2本あるのでいざとなったら懸垂下降で下りれる。

 じきに祐延へ下れると踏んでいたがなかなか着かない。 内心、大きな沢に出会ったらどうしようと考える。 大きな沢に出会うということは祐延でない方向へ下っているということに他ならないのだ。 方向は間違っていないが、これまで散々複雑な地形にだまされ続けたので疑心暗鬼になっているのだった。

 小1時間ほど下ると、沢の傾斜が無くなってきた。 そしてついに小ぶりな沢に入った。 どうやら祐延貯水池へ流れ込む西又沢に降りたったようだ。しかし、祐延貯水池を見るまでは何か信用できないような気がした。 5分も歩くと、いよいよ待望の貯水池が見えた。これで安心である。

 貯水池は相当減水しており、いつもとだいぶ様子が違う。 本当に祐延だろうなと、 冗談を言いながら湖岸に沿って歩いて行くと見覚えのあるダム堰堤への巻き道の目印が現れ、ほっとする。あとは踏み跡をたどるだけだ。

 空腹でふらふらになりながら、ダム堰堤にたどり着く。 幸い、ダム事務所には北電が巡回に来ていたので電話を借りて、 下山した旨、連絡を入れる。午後12時45分頃だったと思う。

 ダム堰堤にデポしてある久君の車に着くと早速乾いた衣類に着替え、 ようやく一息つく。 腹が減ってしょうがないので、有峰で食事することになり、有峰に向かう。

 有峰で食事を取った後、 有峰林道を下り、熊野川の登山口にデポしてある秀典さんの車を回収して、集合場所の魚津に戻った。

 今回の失敗の大元は、 最初に沢の二又を間違えたことにつきると思いますが、 安易に目印を信じたこと、西笠山の複雑な地形を読み切れなかったことも上げられると思います。 逆に、装備は整っていたので、ビバークに際して不安はあまりありませんでした。 特に全員完全に乾いた衣類を温存していたのは、よかったと思います。

楽しく遡行するの図

 家族や関係方面には大変心配をかけて反省しています。 しばらく薮漕ぎはやりたくないですが (^^;、これに懲りずに今回の経験を生かしてまたどこかへ行きたいと思っています。m(_ _)m

#レストラン有峰のカツ丼はボリュームがありオススメです。


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